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今日は朝から成田悠輔の本を読み終えた。大学の課題も一通りかたが付いた。今日はバイトもない。だから、毒にも薬にもならないような話を書いてみたい。これは、前から構想していたことでもあった。
生きること、死ぬこと、及び幸せについて
最近はこんなようなことをよく考える。
これはきっと、半年くらい前にこんな出来損ないの小説を書いてからだろう。
哲学のイメージ教育の幹他の問題は些末な問題
生きること、死ぬことについて根本から考えてみたい。
生まれてこないほうがよかったのか
→もしかしたら、生まれてこない方がよかったのかもしれない
ただ、生まれてしまった以上は生まれてからのことを考えた方が有意義だし、何より
自殺は誕生の否定になりえない
生まれてきてよかったものととりあえずは考える
生まれてきてよかったとしても、今すぐ生を終わらせた方が良いということはないか
→今すぐ死ぬことは、直接的には悪くないし、間接的にも悪くない。ただ、これから先
の楽しいこと、新しく経験できることが全て奪われるという点で、悪い。今すぐの自
殺が正しいのは、悲しいことだが、病気などで今物凄く苦しい痛みを味わっており、
かつこの先もその病気などの原因が治る見込みがない場合で、本人が自殺を強く希望
するときのみだ。ただ、この場合も本人の特異な状況から、判断の正当性が揺らいで
しまっている可能性があるので、他の多くの場合と同じように、親や友人、医者など
の第三者にも客観的な意見を求めることが必須である。
大抵の場合、生き続けた方が良いとして、どのように生きればいいのか
→やはり幸福になるように生きるのが最も良いだろう。アリストテレスも、幸福を最高
善として位置付けている。人生の最高目標が幸福だということに、疑いの余地はな
い。
どうすれば幸福に生きられるのか
→まず大前提として、幸福の基準は自分で明示的に設定する。誰も他人の幸福を規定す
ることはできない。ただ、幸福に生きる方法についても大真面目に考えてみたい。そ
れは倫理学が「べき論」を大真面目に語る学問であり、そのアプローチに倣いたいか
らだ。アリストテレス幸福、枢要徳(アレテー)、幸福論、長期目標と目先の快楽